旅先での燃ゆる思いを綴ってみました。
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その日、ダカールのカメルーン大使館でビザを申請し、宿までの帰り道、
これがまた目を見張るようなナイスバディ!の、後姿美人を見つけた。
目算で、身長162cm、体重46kg、バスト88cm、ウエスト55cm、ヒップ87cm。
面積の小さいキャミソールと、今にも透けそうな生地のスカートを、体にぴったり貼り付け、
お尻をぷりんぷりん左右に振りながら歩いている。
足首もふくらはぎも太腿も、脇腹も背中も二の腕も、
キュッキュッと音が鳴りそうなほど引き締まっていて、
汗がラメのように光る褐色の肌は、女の私でもがぶりつきたくなるほどの美しさだ。
並んで歩く旦那も、当然ながら視線は釘付け。
これまでに見たこともないようなスケベ親父顔になっていて、嫁、ちょっとひく。
しかしこうなると、この美しい牝牛の顔を、どうしたって見たくなるのが心情ってやつだ。
旦那も同じことを考えていたようで、
「お前ちょっと、さり気なく彼女の横を歩けよ。
お前に話しかける振りをして、俺が顔チェックするから♪」
と自らの妻に提案、私も私で「おっしゃ!」とばかり、早足で彼女に近づいた。
旦那は作戦通り、私に声を掛ける素振りで彼女の顔をチラ見して、
それでも飽き足らないのか、さらに覗き込むようにしてから、
明らかに落胆と分かる声色、しかもかなりの大声で、
「あだだ〜、残念でした。全然ダメぇ。顔はあれだ、アルマニヨン人!」
とほざいた。
あまりにわかりやすいリアクションにビクッとする私。旦那はまだ、
「あん?アルマニヨン人?んー、なんか違うな。ゲルマニヨン人だっけか?」
と独り漫才している。
肩の辺りにするどく突き刺さる何かを感じ、何気ない仕草を装って振り向くと、
確かにヒバゴンそっくりのその女性が、ゴンザレスな表情でこちらを窺っていた。
「んもー、バカ!カタカナ言葉を不用意に使うなって、いつも言ってるでしょ!」
怪訝顔のヒバゴンが遠ざかるのを確認してから、私は怒鳴った。
旦那はきょとんとしている。
きょとんとしているという状態がどういう状態なのか、私は正確には知らないが、
「なんでかわかんないけど嫁に怒られちゃった、きょとん?」という顔をしている。
うちの旦那というのは、
自分では決して認めようとしないが、周囲の誰しもが認める「かなりニブイ人」である。
そのニブさの一環として、日本語の会話は日本人以外には絶対通じないと盲信していて、
例えば、何かが気に食わなくてキィキィ怒っているイギリス人女性の前で、
「この女、ヒステリーだなぁ」とか平気で言っちゃうのである。
こんなこと説明するまでもないが、ヒステリーというのはそもそも英語であるからして、
ヒステリーを起こしている時に、目の前で「ヒステリー」という単語を口に出されたら、
それが日本語の一部として使われたのであっても、大概は意味を理解しちゃうもんである。
で、当然、イギリス人女性にギロッと睨まれる結果になるのだが、
それでおろおろするのは同伴者の私だけで、
旦那の方はあくまでも「なんでかわかんないけど睨まれちゃった、きょとん?」なのだ。
日本でだって、似たような状況がしょっちゅうあった。
仮に、電車でたまたま向かいに座った男性が、ちょっと特異な髪型をしていたとする。
私はわざと手にしている雑誌を開き、
いかにも「ちょっと気になる記事があるのよ」的にページを指差して、カモフラージュしつつ、
息に毛が生えた程度の囁き声で、こう言う。
「ねぇ、左斜め前に座ってるおじさん、こっそり見てみ。
ハゲに毛が一本生えてて波平さんみたい〜」
すると旦那は、自分では小声のつもりだが、実際は車両中に響くようなでっかい声愀????で、
「どこ?波平どこッ?えー、わかんない、どれが波平さんッ?」
と、テポドン級の爆弾発言を放ってしまうのである。
ギョっとする私。キョロキョロする旦那。ハッとしてうつむく波平。
考えただけで鳥肌モノのシュチュエーションだ。
本物のテポドンよりも恐ろしい。
そんな時は大抵、電車を降りた瞬間に喧嘩が始まり、
「んもー、バカ!内緒の話を大声でするなって、いつも言ってるでしょ!」
「うっせーなお前、そんなんで気付くわけねぇだろ!」
「気付くに決まってるでしょ、アホ!」
「じゃあ内緒話なんかすんなよ、ボケ!」
てなことになるわけだが、要するに、うちの旦那は、
もしも将来ツルッパゲになったとして(そうなって欲しくはないが)、
その頭頂部に毛が一本だけ生えている状態で、目の前で「波平」呼ばわりされても、
それが自分のことだとは気付かないタイプなのだ。
そして、自分が気付かないのだから、世の中の人も皆同じ、と思っている。
・・・・・・・なんて平和な男なんだ。
「つーかそもそもッ」
そう言えばすっかり忘れていたが、
「アルマニヨン人でもゲルマニヨン人でもなく、クロマニヨン人だから!」
遅ればせながらツッコむと、
「なーんだ、じゃあ良かったじゃん。どっちみち分かりっかねぇんだから、な〜?」
とノンキに笑う旦那。
とりたてて敏感肌ではないが、誰かに「ニブイ」と言われたこともない私としては、
「アルマニヨン」と「ゲルマニヨン」のキーワードから、正解の「クロマニヨン」を導き出すのは、
旦那が思っているほど難しい確率ではないと思うのだ。
現に私だって一瞬にして分かったくらいだから。
まして解答者が“そういう雰囲気の顔”を持ち合わせていた場合は、なおさらだ。
私は、あの時の、肩に刺さった視線の感触を思い出し、今更ながら少しうろたえながら、
隣で「あー、なんか喉渇いちゃったな。コーラでも飲もうぜぃ」とか言ってる旦那の横顔に、
永遠に気付かれることのないだろうヒバゴン光線を、黙々と転送するのであった。