旅先での燃ゆる思いを綴ってみました。
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私達が在キルギスのウズベキスタン大使館を訪れた頃、そのビザ担当窓口の前に、
ロシア語のわからん奴ァ通訳連れて来い!
と、英語でタイプ打ちされた張り紙があった。
少々恥ずかしく、ある意味傲慢で、そこはかとなく失敬な張り紙だ。
なぜ恥ずかしく、傲慢で、失敬なのかというと。
だってさ、大使館ってのは国家を代表する機関なわけで、
そこに属し、外国人を相手にする担当者、
いわば「ウズベキスタンの顔」でもある外務官僚が、
ビザの発給に必要なほんのちょこっとの英語も話せないのは、
国家の威信うんぬん以前の恥ずかしいことだし、
普通はイングリッシュスピーカーを置くべきその窓口に、
留守番の祐美ちゃん(6歳)並みに役立たずのおばさんを座らせといて、
「そっちが通訳を用意しろ!」ってのは、やはり傲慢な話だし、
そもそも、その張り紙に書かれた文章そのものが命令口調で、なんだか失敬なのだ。
中央アジアを東から西へ(中国側から)突破する旅人の多くが、
このキルギスでウズベキスタンビザを申請するわけだが、
当然、皆、この張り紙には頭を悩まされた。
到着したばかりの見ず知らずの土地で通訳を探すのは、簡単なことじゃない。
お金で買える通訳はいるだろうが、バックパッカーの財布の紐はそんなにゆるくない。
幸い、私達は、宿泊していた南旅館のキルギス人オーナー、ナンちゃんの紹介で、
日本語学校で学ぶ美人女子大生に、ボランティアで通訳してもらうことができたが、
ある欧米人男性は、街で英語の話せるギャルをナンパして、成り行きでデートして、
二度目のデートの約束に遅れたせいでロシア女特有の超ド級ヒステリーで怒鳴られ、
心に深い痛手を負うことになったし、
他の各国旅人達も、万策尽きた末、結局はナンちゃんの背後につきまとい、
「ねぇ、ナンちゅわん。明日、ウズベキスタン大使館に一緒に行ってくれなぁい?」
などと猫撫で声を出し、忙しいナンちゃんを困らせた。
(ナンちゃんはキルギス語とロシア語の他にも、英語や日本語まで話せるのだ。)
だいたい、ビザの手続きなんてのは通り一遍で、大して複雑なもんでもなく、
どこに通訳が必要なのか、さっぱりわからない。
英語が話せないのは仕方ないにしても(だってここはロシア語圏だからね)、
よりによって、あんな張り紙までするなんて。
いったいどういう了見だ、ウズベキスタン大使館。旅人達をこんなにも悩ませてさ!
そう思っていたら、後日、実はあの張り紙が、
大使館の意向によってではなく、ある旅行者の手によって張られたものだと分かった。
犯人は、とあるイギリス人女性。
彼女がどんな旅をしてきたかは知らないが、
とにかくキルギスのウズベキスタン大使館にたどり着き、
そこで英語が通じなかったことにめちゃ腹を立て、あてつけ行為に出たのだ。
すなわち、ネットカフェの端末で怒りにまかせたメッセージを打ち込み、プリントアウトをし、
それを例の窓口に、まるで大使館の要求であるかのごとく、ぺっちゃりと張った。
張り紙の真相を知った私達は、呆れ果てた。というか、怒った。
これまで、ウズベキスタンの役人に対して、
傲慢だとか失敬だとか、おまけに恥ずかしいとまで、散々陰口を叩いてきたのに、
それがイギリス人の仕業だと分かると、我ながらその態度を一変させた。
だって、英語が!つまり彼女にとっちゃ、自分とこの国の言葉がですよ。
通じないくらいでなにさ!がるるるがるるるる。
世界中で自分の言葉が通じると思ったら大間違いだっての。
日本語が通じる国が、日本以外のどこにあるってんだ。
みんな英語や現地語を覚えて頑張ってんだ!
つたない表現力で、そして聞き取り能力で頑張ってんだー。ふんがー!
それが旅、それこそが旅の醍醐味じゃございませんか。
だいたいここはキルギスだぞ、英語なんか誰も話せなくて当然なの!
キルギス語さえわかればいいの!
そのうえここの国民みんな、ソ連時代の共通語だったロシア語まで話せてる。
英語しか理解しようとしないお馬鹿さんより、よーっぽど偉いじゃないか!
いくら大使館だからってなんだ、英語通じないからってなんだ。
腹立てたっていいけど、勝手に怒ってろ。余計な張り紙すんなよ〜!
他の旅人やキルギス人まで巻き込んで、迷惑千万甚だしいよ!
むがががががが!はあはあはあはあはあはあはあ。
と、ちょっと興奮してきちゃったので、要点をまとめると。
ちなみに、私達のしばらく後、かの大使館を、
ロシア語もウズベク語もキルギス語もわからない欧米人の旅行者が、
通訳を連れずに訪ねたところ、問題なく、ビザ発給してもらえたとのこと。。